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名古屋地方裁判所半田支部 昭和47年(ワ)41号 判決

原告 新美健三

被告 国

訴訟代理人 伊藤憲治 岡部貞美 長繩博泰 ほか五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、半田市大高町三丁目二六番、畑六七七平方メートルにつき、所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨の判決

第二原告の請求原因

一  訴外愛知県は、昭和一七年から昭和二六年三月にかけて旧都市計画法(大正八年法律三六号)に基づき、本件土地を含む半田土地区画整理地区について、半田都市計画事業を施行し、右区画整理地区の工事は、昭和二六年三月一〇日完了した。

二  愛知県は、半田市上浜新田一〇七番一、田八九平方メートル(二七歩、内畦畔一歩、以下従前の土地という)の換地として、半田市大高町三丁目二六番、畑六七七平方メートル(以下本件土地という)を指定し、原告に対し、その過渡地積四畝二〇歩の徴収金を金四、二〇〇円と定め、愛知県知事は昭和二六年三月二〇日(同月二四日告示)この旨認可したが、原告は、昭和二五年六月二六日、愛知県に右金員を納入して本件土地の所有権を取得した。ところが、その後、愛知県は、昭和二六年一一月七日、原告に対する右換地処分を取消したうえ、被告(大蔵省)に対し本件土地につき換地の指定をした。

三  従前の土地の所有者はもと訴外中埜半六であつたが、原告の先代訴外新美保造は、従前の土地付近の地主中埜半六の土地六反程に借地権を有していたものであるが、戦争中訴外中島飛行機株式会社の用地として中埜半六の土地が全部収用されることになり、離作料の支払を受けるべきところ、中埜半六との間でこれが支払に代えて従前の土地の所有権を移転することとしていた。そこで、前述のとおり、原告に対する換地処分となつたのに、愛知県はこれを取消した。

四  しかしながら、右行政処分の取消は許されないものである。すなわち、行政処分の取消は、私人の権利、利益を侵害し、既存の法律状態の変更をきたす場合には、その取消に制限をうけるものであつて、特に処分の瑕疵がむしろ処分庁の調査不十分のため錯誤に基づくような場合の取消は、その処分の申請者の側に詐欺等の不正手段のあつたことの顕著な場合は別として、原則として許されないものである(最高裁判、昭和二八・九・四、民集七巻九号八六八頁)。従つて、これを看過した愛知県が昭和二六年一一月七日なした原告に対する換地処分の取消し、同県知事のこれが認可処分は無効であるから、本件土地の所有権は原告にあり、被告は原告に対し所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

五  原告は、前述のとおり、昭和二五年六月二六日、愛知県に対し、当時としては高額な金四、二〇〇円を支払い、以来本件土地の占有を続けてきたものであるが、昭和三六年頃以降、被告から本件土地の農地貸付料の納付書が原告宛に送達されるようになつたので、原告は不審に思つたが、その所有権の帰属は後日明らかにすることとし、さしあたり半田市、愛知県職員のいわれるままにこれが支払を続けてきたものであり、この事実をもつて本件土地の所有権を放棄したものではない。

第三被告の答弁〈省略〉

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一、二項の事実(但し原告が本件土地の所有権を取得した点を除く)及び従前の土地がもと訴外中埜半六の所有であつたことは当事者間に争いがない。

二  原告は原告の先代新美保造が従前の土地を中埜半六から離作料の支払に代えて取得しその所有者であつた旨主張するが、〈証拠省略〉をもつてしても未だこれを認めるに足らず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、〈証拠省略〉によれば、従前の土地は、中埜半六から、昭和二二年六月一五日、被告(大蔵省)に対し、財産税の支払に代えて物納され、同年一〇月二〇日その旨所有権移転登記が経由されたことが認められるから、従前の土地の所有者は被告であつたことになる。そうすると、愛知県が従前の土地の所有者につき原告を表示してなした換地処分及び清算金の徴収は、土地所有者の表示を誤認してなされたものであるから、これを看過した昭和二六年三月二〇日(同月二四日愛知県公報に告示)の愛知県知事の認可処分はこの点において違法であつたことになる。そして、愛知県は既に昭和二五年六月二六日原告から右換地処分の清算徴収金四、二〇〇円の支払を受けていたが、右換地処分の従前の土地所有者の表示部分を原告から被告(大蔵省)に訂正、変更して、同年一一月七日(同月一〇日愛知県公報に告示)愛知県知事からこれが認可を受けたのであるが、原告は右換地処分の土地所有者の表示の訂正、変更は許されない旨主張する。

思うに、土地区画整理の施行者が、従前の土地につき何らの権利を有しない者を表示して換地処分をなしたことにより、その者が所有権を取得し、従前の土地の真実の所有者がそのために自己の権利を喪失するものとは考えられない。けだし換地処分は、従前の土地に対し、これに照応する整理工事施行後の土地を指定する処分であつて、従前の土地の権利の主体については何ら移転を生じさせるものではないからである。そして、従前の土地の真実の所有者が私人ではなく、たまたま本件のように国であつたとしても、この理が変わるはずはない。そうすると、従前の土地につき土地所有者の表示を誤認して換地処分がなされたとしても、従前の土地に照応する新たな土地の指定(換地)そのものに瑕疵がない以上、その処分の効力は無効に帰するとは考えられないから、施行者により、その後に土地所有者の表示につき真実の所有者に訂正、変更されるまでもなく、事実の所有者は新たに指定された換地について権利を主張することができるものと解せられる。

これを本件についてみるに、原告が従前の土地につき、所有権を有することの立証ができない以上、被告は、従前の土地につき土地所有者の表示を誤認してなされた愛知県の換地処分の訂正、変更をまつまでもなく、従前の土地につき原告に対し所有権の主張をできるのであるから、愛知県が昭和二六年一一月七日になした換地処分の訂正、変更ないしは愛知県知事のその認可処分の効力の有無の判断に至るまでもなく、原告は本件土地につき所有権を主張することはできない(なお、原告の請求原因五項は、本件土地につき所有権の取得時効の援用をするのか必ずしも明確ではないが、仮に右主張があつたとしても、前述のように、従前の土地につき真実の所有者でない者が清算徴収金を支払つて本件土地につき占有を開始したとしても、占有の始めに過失なかりしこととは到底いえないから、二〇年間の占有を要することになるが、原告が本件土地につき二〇年間占有していないことは原告の主張自体から明らかである。)。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大津卓也)

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